「よく似合ってるじゃねぇか」
真っ赤な布地に白い手書き文字で「なごや」と書かれたTシャツを着て、クソガキ君は浮かれていた。
「あのさ!あのテレビっていうんだろ?あれでやっとったんだよ!こうやってさ、シャキーンって戦うやつ!すっげーかっこよくってさ!一番目立っとって、真ん中におったやつ!この色!それと一緒だよな!えへへ」
貸してやった俺サイズの靴をがっぽがっぽ言わせながら、隣をではしゃいでいる姿はまさに子供のそれだ。
最初は内心ダッセーなんて笑ってやろうと思っていたのに、純粋そうなキラキラした顔を向けられて俺は毒気を抜かれてしまった。なんか自分が社会で薄汚れてしまった存在のように思える…。実際そうなんだろうけど。
「あんま暴れちゃかん。車に轢かれるぞ」
こうしていると、その辺の子供と大差ない。いや、見た目年齢と比べるとちょっと幼いか。
「車!あれやっぱり車っていうのか!俺ちゃんと覚えたぜ、テレビに出とったでな!」
こいつは非常識なのではなく、ただものを知らないだけなのかもしれない。
さすが大須というべきか、到着して早々目に飛び込んできたのはカオスな光景だった。まぁここはいつ来ても人が多いんだが今日は特別活気づいている。家族連れ、カップル、振袖、ゴスロリ、チンドン屋に、メイド、アニメキャラクターの仮装、わけのわからない着ぐるみやらの浮かれポンチたち、正月早々気合い入っとるなぁ。
これだけ周りがしっちゃかめっちゃかだと、少年の頭に角が生えていることなんて誰も気にしないだろう。
ぐう…
腹が鳴ったタイミングで、目の前をきな粉の団子を持ったやつが通りかかった。
ポケットには昨日使わなかった賽銭の小銭も入っていることだし、せっかく大須に来たのだ。団子の一本くらいおごってやろう。
「じゃあ、団子でも食うか」
「食う!」
団子と言ったら名古屋のしょっぱいみたらし団子。みたらしと言ったら俺はこれしか認めない。
「ありがとう!おっさん!!」
「名千。龍導院名千だ。」
「めいぜん!さんきゅー」
団子を食べながら俺はいくつかの質問を始めた。
「君名前は?」
「わかんないっ!」
「歳は?」
「わかんないっ!」
「どこからきたの?」
「わかんないっ!」
「…あぁ…そう」
元気いっぱいの返事は上等だ。だけど、わからないってここまですっぱり返事されると、肩から力が抜ける。
こいつの返事に期待することをあきらめかけた時、少年はある方向を指さした。
「でも…あっちから来た!」
そっちは間違いなく、龍導院の寺がある方向だ。
「お前…」
頭の中で点と点がつながりかけたその時、雑踏の中から一人のハゲが、俺に話しかけてきた。
「名千、昨日ぶりだな。その少年か」
「円覚さん」
「こんにちは!!」
「おぉ、きちんと挨拶ができるのか、よい子だ。はい、こんにちは」
「でらハゲとる!!」
「ふむ。この頭は剃髪といって、俗世での煩悩や欲から解放される由緒正しい髪型だよ。自然と生えてくる髪とは打ち消せない煩悩の象徴であり、薄毛や抜け毛に悩むこともまた煩悩である…」
ちらっと、俺の頭に視線をよこす円覚さんを無視して、俺は話し始めた。
「円覚さん、事情は電話で話した通りだ。唯一わかった事は、寺のほうから来たってことくらい。あとは強いて言うなら…やけに物を知らんってことだな。テレビはつけられるくせに、車を知らんかったり、ボディソープとシャンプーの区別もついとらんかった」
「私も長く龍導院にお勤めしとるが、裏山の塚の話なんぞは聞いたことがなくてなぁ」
たいして大きな山ってわけじゃないのに円覚さんも知らないとなると、あの空間は今流行りの異世界的なやつか?いやそれとも結界的なものが張られていたとかだろうか?
「なぁなぁハゲのおっさん!オレさ、外に出てから見たこととか聞いたこととか、ちゃーんと覚えてんだ!すげぇだろ」
だめだ。非現実的なことが起こりすぎていて頭がファンタジーになってる。冷静になれ。俺は常識人。俺は常識人。
「おぉ…そうかそうか。お前さんは賢い子なんだなぁ、服のセンスはいまいちだが。いや、センスがいまいちなのはお前さんではなく名千か」
「別にいまいちじゃねぇだろ」
はしゃぎながら食べかけの団子の串を振り回す少年と円覚さんを見ていると、おかしいのは俺のような気がしてくる。
「どれ、ハゲの爺が服を買ってやろう。その代わり、私のことはこれから円覚さんと呼ぶように。わかったね?」
「わかった!」