第三話 名古屋大須の回 

 

 

 ちゅどーん!!!じゃかじゃかじゃかじゃか!

 

 翌朝、俺は大爆烈音量の子供向け戦隊番組の効果音で目が覚めた。

 

「なんだ!?」

慌ててリビングへ続く短い廊下を駆け抜けると、テレビの前にボロ布一枚を巻き付けた小僧が座って映像を楽しんでいた。そいつもそいつの周囲も収穫したての野菜なみに泥だらけだ。

 

「お、おい!誰だおまえ!そこで何をやっとるだ!」

「うぉ!?」

 よく見ると、あろうことかそいつは来客用の菓子まで食べてしまっているではないか。少ない経費で買った最後のそれは、北海道産小豆を使用した餡をハードタイプのビスケットで挟んだ、そう。あれだ。

 

「ちょっおまっ…我が家の食料最後の砦が…」

「やっと起きてきたなぁ!」

ガキは開口一番馬鹿みたいにでかい声を上げると、キラキラした目を見開きながら俺の方へどすどす近づいてくる。

 

 奴が動くごとにパラパラと泥なり砂なりが、部屋に散らばる。

 

「だー!動くな!そこを動くんじゃにゃあ!とりあえず風呂!お前風呂に入れーーーー!」 

俺は何か叫んでいるそいつを近くにあったタオルで頭から包み、荷物よろしく抱え込んだ。そして、シャワーを全開にした風呂場へ放り込んで、洗い場の扉を勢いよく閉め、閉じ込めた。ふぅ、とりあえずこれでいい。

 

「ぎゃーー!つべたっ!つべたいっ!なんだぁなにするだぁ!」

「そのうち湯が出るで、おとなしく浴びとれ!」

扉越しにまだ騒いでいるが、それはもういい。

昨夜からなんなんだ一体。赤ん坊のお化けに、知らねぇガキ。

 

「あぁ…」 

泥まみれ、土まみれの自宅兼事務所を眺めて、俺はため息をつくことしかできなかった。

「今日は厄日だ…」

 俺は昨年パチンコで大勝ちしたときに手に入れたお掃除ロボットの電源を入れながら、最悪の正月を思い返した。

 

「あ、そういえば…」 

厄、と自分で言ってみて思い出したが、確か昨日円覚さんがそんなようなことを言ってなかっただろうか。長いこと使っていなかった俺の第六感が、事態の収拾のため、やるべきことを示しているような気がする。

正月だろうとなんだろうと関係ない、俺は早速着信履歴の一番上から円覚さんへ電話を掛けた。

 

 

 

「…わたしだ」

「円覚さん!あんたなんか知っとるんだろ!寺の山の裏のこととか!変なガキのこととか!」

「年明け早々騒々しいな、新年のあいさつくらいできんのか」

「非常事態だ!あれからいろいろあったんだが、朝起きたら泥まみれでボロ布一枚のガキが俺んちで菓子を食べながらテレビを見とった!今は風呂に入らせとるが、まったく事態が呑み込めんっ!」

 

俺が一息にそう伝えると、しばらくの間をおいて円覚さんは話し始めた。

 

「…それは、あの後どこぞで酔った挙句正月早々身寄りのない家出少年を誘拐して一晩過ごしてしまったから、自首したい…という相談か?」

「全然違う。冤罪が過ぎる」

 

電話越しでもわかるくらい困惑した声色に、こちらの伝えたいことは何一つ伝わっていなかったことを察した俺は、昨夜龍導院の寺を飛び出してからあった出来事を順序立てかつ詳細に伝えた。

 

 

「…ふむ…なるほどなぁ。参道の横道を踏み荒らした挙句裏山の霊塚を壊し、赤ん坊の霊を怒らせた。そして突如現れた、謎の少年か…」

「思い出してみれば、今風呂入ってるあいつも…角生えてたし。たぶん普通のガキじゃねぇよ」

「…とにかく、実際に見てみんことには何とも言えん。どうせお前さん今日も暇なんだろう。正月のあいさつ回りで大須へ出るから、その少年もつれてお前も来なさい」 

そこまで言うと、電話はブツっと切れた。

 

 まず思うことがあるとするなら「なんで俺がこんな目に…」だ。厄年ってこんなしょっぱなから全開フルスロットルでやってくるものだったのか。

 リビングの泥と砂をあらかた吸い終わったお掃除ロボが、俺の足元にさっきから何度も体当たりをかましてくる。

 

「ロボくんさ…俺はごみじゃないんだ」

 ロボの仕事を邪魔しないように俺は寝室へ移動した。さすがにまたボロ布を被せるわけにはいかないから、形だけでも服を着せてやらないといけない。

 

「確かこの辺に…」

 

何年も前の忘年会でもらったダサいTシャツがあったはずだ。サイズが俺には小さくて部屋着にもならないが、捨てるのもなんか違うような気がして、箪笥の肥やしになっている。

 

「おぉ!あった!ダサいっ」 

何度見てもダサくて笑ってしまう。まぁ、何もないよりマシだろう。ズボンはネットオークションで買ったけどサイズが合わなかったビンテージのやつ。高かったがまぁ仕方ない。靴も適当に見繕って、マシな服はあとで円覚さんに買ってもらえばいいか。

 

「おーい!いつまで遊んでん…だ…」

「これさ!これさ!すっげぇの!みて!めちゃくちゃこれアワアワになってさぁ!すっげぇ楽しい!」

 

いつまでも風呂場で遊んでるクソガキ君の様子を見に行くと、風呂場の状態はなんていうかもう、何とも言えない感じになっていた。

 

「お…おれのシャンプー…っ!」

 

ボディーソープは格安だが、俺はシャンプーとトリートメントにだけはこだわっていたんだ。頭皮が気になる年ごろって言ったら伝わるだろう。菓子といい、シャンプーといいこいつは…。

落ち着け名千。今のところこいつには常識がない。そりゃそうだ、頭に角が生えてるやつが普通なわけがない。

 

 しかし、今はこの事態を何とかして乗り切らないといけない。自営業といえど俺の仕事は客商売。厄介な相手に強く言っても伝わらないことを人生経験で知っている。だから、今の俺にできることはただ一つ。

 

「…あの…クソガキ君。お出かけするので、そろそろお風呂を出て着替えていただけないでしょうか?」

要求を簡潔に伝え、できるだけ下手に出る。これに限るのだ。

 

「え!?お出かけ!?行きたい!どこ行くんだ!?」

清潔なバスタオルを投げつけてやりながら俺はこう答えた。 

 

「大須だよ」

 

 

 

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