頭を抱えた少年は唸り声をあげるかの様に、何度も何度も「うるさい」と繰り返した。

 

カラン…コロン…

 

「なんでこれが今ここにあるんだ…」

聞き覚えのある音がして俺が下を見ると、少年の足元にあるものに気が付いた。

でんでん太鼓。

これは俺が龍導院の山から逃げるときに放り投げてきたはずだ。

 

「うぅ~」

 

俺は反射的に落ちているそれを手に取っていた。

コンコン!コンコン!コン!カラコンッ!

 

「ほぉら、お前これ好きだろ?ホレホレ!」

まるで赤ん坊をあやすかのように、俺は少年に向けてデンデン太鼓を振って見せた。

 

「う~…え?」

少年は音に反応するように顔を上げ、デンデン太鼓をじっと見つめている。 

「よし、いいぞ、この音に集中してろ。周りの音なんか聞くんじゃねえ」

さっきまでのパニックが落ち着き、今は呆けた顔で俺の手にあるデンデン太鼓を見つめている。

 

「一回落ち着け、いいな」

「…うん」

 

少年にデンデン太鼓を手渡してやると、素直に受け取った。

円覚さんの話が本当なら、この少年は突然外の世界に投げ出され自分が何者かも分かっていない状態ということだ。

 

 

「いいかよく聞けよ」

 

自分が何者であるかが分からない辛さ。

 

「お前は戦隊もののリーダーみたいになりたいんだろう。だったらパニクってちゃだめだ」

 

それが俺には痛いくらいにわかる。

 

「お前…あー名前がないんだったか…うーん、そうだな。よし。今日からお前の名前はレッドだ」

「レッド?」

「そうだ。それで戦隊ヒーローのリーダーみたいに強くなれ!」

「オレは、レッド…」

 

少年。いや、レッドはその名前を自分自身にしみこませるようにつぶやく。そして、跳ねるように立ち上がると周りを素通りする人々がぎょっとするほどの声で叫んだ。

 

「オレは、レッドだ!!!!!」

 

「うっせ」

「レッドか。いい名前じゃないか」

 

黙って俺たちの様子を見ていた円覚さんが、レッドに目線を合わせるようにしゃがみ込み角の生えた頭にそっと手をおく。

 

「レッドよ。今のお前さんはスポンジのように周りの情報をすべて吸収している。今必要な情報と、そうでない情報を取捨択一し、必要なものだけに耳をそばだてるのだ。よいな?」

 

その姿に、俺は幼いころの自分の姿を重ね合わせた。

 

「わかったよ。はg…円覚さん」

円覚さんはすこし目を細めて少年を眺めながら続けた。

 

「名千よ。この子はどうも悪いものではなさそうだ。それに賢い。キチンと教えれば今不足している常識やなんかはすぐに覚えるだろう。なによりお前を頼ってきている。面倒を見てやりなさい」

 

「いや…つってもなぁ…」

どう返していいのかわからず俺は返事につまった。

 

「そう身構えるな。私もできることはしよう。そうだ。レッドよ、名づけの記念にわしがよいものをやろう」

「いいもの?」

 

円覚さんは、そういって持っていた大きな手持ちカバンから、小さいブレスレットを取り出した。

 

「これは赤瑪瑙と水晶のお数珠だ。赤瑪瑙には人との縁を結び、新しい物事に挑戦する勇気を与え、困難を打ち破るという意味がある」

「きれいだなぁ…これもらってもいいの?」

「あぁ…この腕輪がこれからのお前を守り、時に背中を押してくれるだろう」

 

レッドはしばらく腕輪を見つめたあと、勢いよく顔を上げて俺をまっすぐに見つめた。

 

「あ、あのさ!あのさ!」

「お…おう」

その目はさっきまでとは違い、黄金の瞳は何かの覚悟に燃えているようだった。

 

「オレ!もっといろんなこと知りたい!そんでそんで、自分のことも知りたい!いっぱい挑戦して、強くなって!そんでぇ!!」

 

 強い視線を浴びながら、俺はレッドのことがまるでエネルギーの塊に見えた。気持ち悪い言い方になるが、こいつといれば何かが変わるような気がした。

 

「焦るなよ。いっぱいいろんなこと知ったら、それから次は何するか考えりゃいい」

40代のおっさんにしては少々ロマンチックすぎるような気もするが、円覚さんの言う通りこれは何かの縁なのかもしれない。

 

「まぁ、困ったことがあったら、たまに助けてやらんこともない」

「そっか、そうする!よろしくなッ!名千!」

「なんで俺のことは呼び捨てなんだよ…はぁ…いや。まぁいいか」

 

厄年の俺に何か役割を与えられたとするならば、それはきっとこいつの行く末を見守ることなのだろう。

「よろしく、レッド」

俺はポンとレッドの背中を叩いてやった。ガキとの接し方がわからない、今の俺の精一杯だ。

 

 

 

「どうやら丸く収まったようだな」

パンっと手を叩く音がして我に返ると、円覚さんが妙に生暖かい目でこちらを見ていた。気恥ずかしくなって視線を逸らすと、そんな俺をわざとらしく無視してレッドに話しかけた。

 

「さて、レッド。せっかくの正月だ。この円覚が何かうまいものでも食わせてやろう」

「やったぁ!オレお腹ペコペコ!」

「どうせ二人とも朝から大したものを食べてないんだろう」

「うっせ」

「なんだ事実じゃないか」

よく考えてみりゃ、円覚さんの言った通りに事が進んでいる気がして面白くない。

 

「そういや、正月なんてかきいれ時だろ。大須なんて来てて大丈夫なのかよ」

「寺は若い衆に任せてきた。私には私にしかできないことがあるからな」

そういって円覚さんはさっきのカバンを叩いて見せた。

 

「今レッドにやったブレスレットはな。年末から寺の授与所とそのほか契約している仏具店で寺公式に扱っておる今まさに人気の商ひ…ゴホンっお守りだ。売れ行き好調、即日完売。龍導院の僧侶が使っているお数珠と同じ天然石を使用してしっかり御祈祷を上げたありがたいブレスレット、初穂料5000円のところを、正月特価で3000円だ」

「あんたマジでいい性格しとる」

「仏門の連中はビジネスに疎いでいかん。今の時代、寺も信仰だけでは立ち行かん。これもまた一つの生存戦略よ」

「俺は一生あんたにかなう気がしねぇわ」

 

だだまぁ、これから先がちっとは楽しみになったような気がしなくもない。

 

 

 

 

 

第三話『名古屋大須の回』

 

 

 

 

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