よく見れば苔むしたその石は、一体いつからそこに積み上げられていたのだろうか。
破壊してしまった古い墓らしきものを前に、俺は立ち尽くした。
冬だというのに背中にじっとりと嫌な汗をかいている。
「と、とにかく、やっちまったものは仕方ねぇ。もどすにしても、元の形なんてわからんしな、とりあえず手を合わせて…アチッ!」
努めて冷静でいたつもりだったが実際はそうでもなかったようだ。
俺はテンパって手を合わせようとしたが、うっかり火を触ってしまいライターを取り落とした。
「あーやっちまった。くっそ。ライターライター」
安い100円のライターだから、すぐに火は消えた。
手を離した直後は一瞬山火事なんて単語が頭をよぎったが、そちらは杞憂に終わった。
しかし、おかげで暗い中を手探りをするハメになった。
「うー寒い。指もかじかんできやがった…おッ」
足元に手を這わせてライターを探っていると指に、コンッ と人工物らしきものが当たったので俺は嬉々としてそれを手に取った。
「あ?な…なんでこんなところにでんでん太鼓なんか…」
俺が拾い上げたのはライターではなく、小さな子供のおもちゃだった。
それも、今時の子供が使っているのはほとんど見なくなったくらい昔のものだ。
「は…はは」
俺はもう、唇の端を無理矢理上げて引き攣った笑い声を上げるしかできなかった。
この場所は多少開けているとはいえ、人の踏み込んだ気配なんてないくらい木に囲まれているし、何もない。
何より劣化して剥がれた赤い漆塗りのでんでん太鼓は不気味でしかない。
「これ…君のお墓かなー?ごめんちゃい」
おそらくこのおもちゃの持ち主であろう子供に語りかけるような独り言と共に、試しに太鼓を振ってみると
コンコンカラコン
と、やけに渇いた音が当たりに響いた。
「ハハ…なんちゃって、はぁ」
一人でふざけてみたつもりだったが、全く笑えない。
いつまでも手に持っていても不気味なので、塚のそばにそれを置こうとした時だった。
急に、服を突き抜けて背筋の皮膚を直接撫でるような寒気が走った。
それでいて、この真冬に生暖かささえ感じる。
鳥肌が止まらない。
「…うっ」
ガラッ
「っ…」
目の前で、俺の腰あたりの高さから積み石の一つが転がり落ちた。
「待て…なんで、今、石が落ちたんだ?」
静寂の中聞こえたたかが石の転がる音に、俺は舌先をピリつかせた。
「山から石が勝手に落ちるのはわかる。全然あることだでな。でも…」
嫌な予感がする。
「触ってもない、風もない…さっき崩れたばかりだから、まだバランスが悪いのか?」
上部分を破壊してしまったとはいえ、石がしっかりと組まれた部分から、小石が転がり落ちる…なんてあるんだろうか。
「いやいやいや待て待て待て、お化けなんていない、ないない」
さっさと無視して、山を降りるべきだ。
そうわかっているものの、俺はいつの間にか、目の前の石の山から目が離せなくなっていた。
「…」
カランッ カツ カツ カツ
どう考えても動くはずのない場所の石が、また転がり出る。
石の転がり落ちる音だけが、あたりに響いている。
身体が硬直して動かない。
隙間から、何かがじっと俺を見ている気がする。
ズズズ…ズ…カツンッ
また一つ、今度は大きな岩の間に挟まっていた小石が一人でに転がり落ちる。
俺は見てしまった。
「おかしい…ははッ。ただの石の山だ…」
石が転がり落ちた岩の上には、小さな小さな隙間があった。
先ほどの小石は、まるでこちらを覗き見るのに邪魔だと言わんばかりにその隙間から押し出され、転がり落ちたのだ。
「ただの石、ただ石が積み上げられているだけだ。なのに、なのになんで…」
崩れた積み石の隙間の暗さに、俺はたまらず身震いをした。
その小さな隙間から目が離せない。
蛇に睨まれた蛙といえばわかりやすい、そう…。
今、俺はその小さな隙間から何かに睨みつけられている。
「ありえない…なんで視線なんか感じるんだよ…ッ」