流石に外は寒いので、俺は喫煙所で一服しながら話を聞くことにした。

まぁタバコもこれが最後の一本なわけだが。

 

「…いいぜ。珍しいな。あんたがわざわざ俺に連絡なんて」

『お前は本当にいつまで経っても変わらんな。元気でやっとるか』

 

「まぁぼちぼちってところだぁ。それより、用は?もう俺は本家とは関わらんって話でまとまっとったはず。それがこんな師走も終わりの時に、なんかあるんだろ?」

 

 

 

俺の母方の実家は寺で、昔は母親に連れられてちょくちょく顔を出していた。

大人たちが難しい話を難しい顔でするもんだから、子供の俺はいつも退屈して境内で遊んでいた。

その時まだ修行僧だった円覚が、よく相手をしてくれていたんだが

今にして思えば、あれは俺が余計なことをしないように子守りをしてくれていたんだろう。

 

 

「クモユキ、いや、今はウンギョウか。俺が顔出すとあいつも良い顔せんだろ」

 これは後から聞いた話だが、 当時寺を継いでいた母の弟である叔父に長いこと子供が出来ず、寺は後継の問題を抱えていたらしい。

 

俺を養子にするだの坊主にするだのと話し合いをしていたようだが、俺が中学に入る頃には無事に歳の離れた従兄弟が生まれてその話はたち消えになったと聞いた。

 

年下の従兄弟、雲行とはそれなりに仲良くやっていたつもりだった。

しかし、そんな昔話をあいつが知って以降、雲行は俺を邪険にするようになった。

 

 

『寺のことは気にせんでいい。今日は当代のご住職や雲行とは関係なく、私が個人的にお前さんに連絡をさせてもらっとる』

「はぁ?なんのために」

『乳母心じゃあないが、幼い頃に世話をしたからか私もそれなりにお前が心配でなぁ』

「乳母心って・・・俺はもうガキじゃねぇんだぞ」

  そう言われる事自体、悪い気はしなかった。

どちらかというと照れ臭さがありむず痒いような感覚だ。

 

腹の足しにはならないが、胸のところがじんわりと温かくなる。

 

『わかっとる。むしろだからこそだ。お前来年数え年で厄年になるだろう?一度寺に来て厄除けの祈祷でも受けんか?』

「俺の歳覚えとったのか…厄除けねぇ?別にいらねぇよ。信心深い方でもねぇし。行くにしても、当代も雲行もいるだろう。…面倒ごとはお断りだ。俺は普通に暮らしたい」

 

  この国の人間は、宗教色を出すと途端に身構えたような顔をする。

神や仏を熱心に信仰してるというと、無意識に壁を作り、色んな意味で一線を引く。

 仏教や坊主が有り難がられるのは、葬式の時と相手が自ら寺やなんかに赴いてきた時だけだ。

 

 

『お前の気持ちは承知しとるつもりだ。ご住職はともかく雲行はまぁ、未だにことあるごとにお前の名前を出しとるが…』

「やっぱりな」

『とにかく。ご住職には私の顔を立ててもらえるよう話を通しておくし、雲行は参拝客の方に出払っとるで顔を合わせんで済む』

 「嫌だね」

 

 言ってしまってから、今の俺は少しばかり子供っぽすぎる自覚があった。

しかし、譲れないものがある。

 

もう少し若ければ多少は違ったかもしれないが、今の俺はそれはもう頑固だ。

頑固になってしまった。

 

 

『話を最後まで聞け。長居しろとは言わん。お前は正月に来て初祈願の参拝客と一緒にただ座っとればええ。どうせその感じだと碌なもんも食っとらんだろうで、終わったら顔を合わせる前に無料の甘酒飲んで餅でも持って帰れ」

「俺だってそんな暇じゃあない」

『名千よ。私は己の愚かな人生を反省するために出家した。未熟な私は己を研鑽すると共にお前の成長を見守ってきた。頼む、この老いぼれを安心させてくれんか…』

「ぐぅッ…」

 

 今の俺は相当頑固だ。

頑固なんだが俺も人の子な訳で。

あの厳しかった円覚さんにそう弱々しく言われると、こちらが折れるしかなかった。

 

 

「はぁ、わかった。円覚さんに免じて、今回だけ行く事にするわ」

『おぉ、わかってくれたか。会えるのを楽しみにしとるぞ』

「一瞬だぞ、本当に厄除けしたら帰るでな」

『おお、そうか、うんうん』

「…すぐに帰るでな」

『うんうん』

 

 電話口からは、うんうんと満足そうに頷く円覚さんの声が聞こえてきている。

何を言っても嬉しそうな頷きしか返事がなかったから、俺は諦めて電話を切った。

 

 

 

 それにしても、龍導院の寺に行くのはもう何年振りだろう。

街中にしては珍しく緑が多く残っており、高度経済成長時代の森林開発を逃れた唯一の場所だ。

小高い山を中心としてまるで禁足地だと言わんばかりに、その一帯の自然だけは一切手をつけられることなく残されている。

 

  山の中腹まで両脇に灯籠がズラズラと並んだ、細くて長い階段を登った先に龍導院の寺はある。

子供だった当時の俺にとっては、荘厳でもあり、不気味な印象の場所だった。

 

 

 

「行くとは言ったものの…嫌な予感がするぜ」

昔のことを久々に思いだし、俺は少しだけ背筋が硬くなるのを感じた。

 

俺の良い予感ってやつは、大人になってからはこの通りめっきりだが、嫌な予感はバッチリ当たる。

貴重な最後のタバコをフィルター近くまで吸ってからもみ消し、俺は喫煙室を後にした。

 

 

 

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