気がついたら、俺は周りの視線も気にせず叫んでいた。
喉元まで上がってきた感情を、まるで嘔吐するように言葉にして吐き出している感覚だ。
「落ち着け、どうした?」
「はぁ、はぁ…」
いい歳して恥ずかしいとか思う余裕は、この時にはなかった。
啖呵を切ってしまった手前引っ込みがつかなくなっていたし、ここまで取り乱していることに、俺が一番驚いていたからだ。
ボーン
「…すまん」
鐘の音がこの時に限ってやけに大きく聞こえた。
それこそ、頭を直接ぶっ叩かれているみたいだった。
軽いめまいを覚えて思わず額を抑え、ふらつく足元を支えるため一段上に足をかけた。
痛い。
「名千?」
音が痛い。
ボーン
周囲の、匂いが不味い。
「あ…?」
ボーン
妙にきな臭い感覚に鳥肌が立った。
「名千どうした」
鐘の音が響くたび、身体中の感覚という感覚が敏感になっている。
あぁ、待てよ。
うるさい視線を感じる。
「…誰か俺を見てる?」
円覚さんじゃあない。もっと違う。
俺の昔の嫌な記憶を思い起こさせる視線だ。
俺は自分に向けられた視線に思わず顔を上げた。
目の前に立つ円覚。そしてそのさらに奥の境内。
大勢の人の波をすり抜けたそのさらに先、本堂の軒先から驚いた顔をした雲行がこちらを見ていた。
視力は随分前から落ちていたはずなのに、なんでかはわからないが、まるで目の前にいるかのようにはっきりと見えた。
俺と目が合うなり、雲行はその形の良い眉を吊り上げ口の端を歪めてみせた。
美しすぎる僧侶が形なしだ。
俺を心底嫌っている事が、手に取るようにわかる。
「雲行…」
憎々しげで、恨めしそうで、少し怯えがあって、それでいて羨ましげな、その表情は嫌になる程見覚えがある。
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