雲行だけじゃない、ガキの頃いろんな奴がそんな視線や表情を俺にむけていた。
そうだよ、そうだった。
そういう目だった。
あぁ、うるさい。うるさいうるさい。
そんな目を俺に向けるな。
俺に期待するな、俺を妬むな、俺に怯えるな。
誰も、誰も俺を見るな。
「円覚さん。ごめんだけど、俺やっぱり帰るわ」
「お前いまっ…」
引き止めようと手を伸ばしてきた円覚さんを振り払い、周りの全ての視線から逃げるように俺は参道脇に並ぶ灯籠の隙間を抜けた。
「名千っ…待て、名千ッ」
龍導院の山は子供のころによく遊んだ場所だ。
だから、参拝道の石段脇にこの獣道があることを俺は知っていた。
円覚さんの声が後ろから聞こえていたが、俺は振り返らなかった。
俺は暗がりの獣道に歩みを進めた。
とにかく一人になりたかった。
だから来た道を戻る、石段を下るという選択肢は俺にはない。
「くそ、くそ、くそ、なんなんだ」
記憶よりも険しい草木をかき分けながら、俺は山道を進んだ。
山を下ることよりも、とにかく寺から離れたい。
俺は逃げたんだ。
ボーン
除夜の鐘が鳴り響き、重く重厚な鐘の音が逃げる俺の背中にぶつかってくる。
その音が、さっきよりも小さく聞こえるというあたりまえのことで、俺はようやく少しばかりの冷静さを取り戻した。
勢いで寺を飛び出したはいいものの、その道は記憶よりもずっと荒廃している。
俺はお気に入りの革靴を履いてきたことを後悔した。
名古屋は平地が多い土地柄もあり、この山もたいして大きいわけじゃあない。
方角さえ間違えなければ、1時間程度で麓に降りることができるに違いない。
コンクリートで舗装されていない道を長い時間歩き続けることが、こんなに疲れるだなんて思わなかった。
初めは調子良く踏み出していた足も、一歩また一歩と歩みを進めるごとに重くなる。
そのうちに除夜の鐘はもう聞こえなくなっていた。
腹が減ってるせいなのか、舌の先から腹にかけてが、バチバチする。
いい気分じゃあない。
「つか、どこだよここ」
ふと足を止めて、辺りを見渡すと周囲には鬱蒼と生い茂る木々と暗闇が広がっていた。
間違いだった。来なければよかった。
普通にちょっと怖い。
本当に厄年なんてやつが存在するのだとしたら、今日ここに来たことこそが俺にとっての厄だろう。
先ほどの円覚さんへの大人気ない態度、俺はあまりにも俺らしくないと感じるそれを何度も何度も頭の中で繰り返した。
良い歳したおっさんが情けない。
穴があったら入りたい。
反省にも似た後悔に苛まれていた時、俺は小さな何かに足を取られた。
「うおぉっ」
暗がりの中まともに前を見ていなかったせいもある。山道を歩くのに慣れてきて足元にあまり気を配らなかったせいかもしれない。
いつもだったら絶対にしないようなうっかりミスだ。
それでも、その小さな危機感の綻びが、俺を暗闇の奈落に突き落とした。