第二話 Re:子鬼塚の怪
このまま眠っていれば、きっと怖いことなんてひとつもないんだ。
静かで、穏やかで、平坦で、何にも脅かされることのない。
安らかな眠りを続けていられるんだ。
暗い。
狭い。
暖かい。
そしてじっとり湿っている。
オレがいるのはそんな場所だった。
どっちが上で、どっちが下か。
そっちが右であっちが左か、それとも逆か。
ここは表か、はたまた裏か。
考え事をしているナニカがいることに気が付いたのは、いつだったか。
その考え事をしているナニカが自分だと自覚したのはいつからだっただろうか。
自分はナゼ考えているのか。
何を考えているのか。
それはどんなに考えても、ワカラナイということしか分からなかった。
何もわからない自分とそれから、時々この幸せなゆりかごの遥か遠くから聞こえる音だけがオレの世界だった。
大きくなったり、小さくなったり。
長く続いたり、途切れたりする。
自分という一つの塊のなかで、音が直接響く場所とそうでない場所があることに気付いた。
音は頭を切り裂くような鋭さを持っていたり、オレの真ん中らへんを揺さぶるように重苦しかったりする。
そうして思い出した。
オレには頭があり、腹がある。
そして、手足があるということを。
ちょっとづつ、ちょっとづつ。
今までよりも深くじっくりと時間をかけて、自分とそれを取り巻く世界について考え始めた。
でもそこはとっても居心地がよかったから、浅い眠りで音を聞きながら考えているといつのまにかまた、ゆたり、ゆたりと深い眠りに沈んでいってしまうのだ。
目を閉じたままゆっくり眠りが浅くなり、また音が聞こえる。
遠くの音に耳をそばだてるたびに、音はその表情をがらりと変えた。
何度も何度も眠りに落ちては浮上するを繰り返しながら、オレは考えることをやめなかった。
とてもとても永く永く考え続けている間に、音たちも移り変わっているのだろうというところまで考えがたどり着いた。
けれど、それより先はまたわからなくなってしまった。
その先を知りたいとずっとずっと思い続けた。
気持ちがどんどん大きくなっているのはわかる。
同じくらい、わからないままでいることが怖い。
カラ…コン…。
また音が聞こえた。
これまでの中で一番。
ずっとずっと近くで聞こえた。
それは他と違う特別な音だった。
弾むように楽しげでどこか寂しく、そして安心する音。
この音が聞こえるとき、オレはとても幸せな気持ちになれるということを唐突に思い出した。
起きなきゃ。
目を開かなくちゃ。
これまでたくさんのことを考えてきて、今まで一度もそんなことはなかった。
なのにこの時、オレはそうしなければならないと確信した。
音にむかって手を伸ばし、目を開いて見上げた先。
初めてゆりかごを抜け出したオレには、その灯りだけが見えたんだ。