「ぁっ!」

音と気配がしてそれから、オレの目にうっすらと暖かそうな光る膜につつまれた大きな体が見えた。

手に持っていた棒を強く握りしめなおし、意を決して暗闇にたたずむ大きいそいつに近づいて、俺は手を伸ばした。

 

「おっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

突然体が引き裂かれたように痛くなった。

体中が熱い。

衝撃で宙に浮いた体をどうすることもできずに、オレはそのまま吹っ飛ばされた。

ただオレは寒くて怖くて、不安だったから助けてほしくて、手を伸ばしただけなのに。

 

「あ、あ」

地面に体を打ち付けながら、また遠ざかってゆく後姿をオレはただ眺めることしかできない。

最初に痛みが走った場所が、飛ばされたときにあいつがオレに触れた場所がズクズクする。

 

「ぁ…ん…れ…」

なんで。

 

ぢりぢり、それから、じゅわじゅわ。

熱いのが体全体に広がってゆく。

どうしてこんなひどいことをするんだ、と。

 

さっきはグラグラと揺れ動くような心地だった腹の奥が、今度はそれはもう煮えたぎるように熱くべったりとした感覚になった。

覚えがある。

オレは怒っているんだ。

 

大きく息を吸い込んで、泣き叫び暴れたい。

でも今はそれよりも、もっともっと力が欲しい。

もっと力強く遠くをつかめる腕。

強く地面を踏みしめられる足。

 

大きくなりたい。

大人になりたい。

 

そうだ、思い出した。

オレは大人にならないといけないんだった。

 

「あがっ…が…あぐぁあ…」

自覚するが早いか、体の芯が溶けるほどに熱くなり、

うめき声をあげながらオレはその場でのたうち回った。

頭の前のほうが杭を打ち込んだみたいに痛い。

額の小さなでっぱりがにょきにょき伸びて、硬い表面が少し割れているのが、頭を押さえる手の感触で分かる。

 

体が悲鳴を上げている。

ミシミシと頭からも、全身からも音がする。

 

「ギャッああああああぁああああ……あ…ぁ…あ…あ?」

 

 

それは突然終わった。

 

「はぁ…はぁ…」 

手と体のつなぎ目とか、足と足のつなぎ目がまだ少しじんじんする。

頭に生えた2本のでっぱりも割れた隙間に空気が当たると少しヒリヒリした。

 

体中の痛みが落ち着いた後、不思議と頭はすっきりとしていた。

視界はさっきよりはっきりしているし、手足も先ほどと比べたらずいぶん自由に動く。

 

オレは左右の手の指をバラバラと動かしてみたりした。

はて、自分の指はこんなに長かっただろうか。

幸せの音の棒はこんなに小さかっただろうか。

 

「んぉ?」

さっきまで頭から足の先までをグルグルに包んでいた布からは、手足が飛び出て収まらない。

体が大きくなっている。

「おぉ!」

オレは体の変化に驚き、喜んだ。

そして小さな体が急に変わってしまったことがナゼなのか考えようとした。

それこそ、あの暗くて暖かい場所にいたときみたいに。

 

「うう~ッ」

でもオレはすぐに考えることをやめた。

一人で考え続けていても、答えが出ないときがあるということを、オレはもう知っている。

今やるべきことは、立ち止まって考えることじゃあなく、進むことだ。

 

「んしょ、んしょ」

幸せの音だけを強く握りしめながら、まずは四つん這いで立ち上がった。

両手を地面から放して体を起こすと少しだけふらついたものの、うまいこと歩き始めることができた。

 

ザッザッザッ

地面を踏みしめるごとに、大きいやつが逃げて行った時と同じようなテンポのいい音がする。

 

「んん~…」

大きいやつはもういなくなっている。

足音も聞こえない。

けれど、さっきまでは見えなかったものが俺には見えていた。

 

「んッ!」

あいつのいた場所、通ったあとには、糸を引いたみたいにうすぼんやりした光の形跡が残っている。

それを頼りに、俺は大きくなった体でまた進み始めた。

 

 

 

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