大きな男が入っていく屋敷は本当に大きくて、屋敷というよりは城みたいだ。

オレはきょろきょろしながら、男に続いて中に入った。

この屋敷の中では、一歩進むごとにぺたぺたというオレの足音と、手に握りしめている幸せの音が響いて聞こえる。

こんな音の聞こえ方は初めてだ。

 

「寒いし…眠いし…」

 

ようやく追いついた。

目の前では、大きな男がぶつぶつ言いながら、ふらふらと歩いたり止まったりを繰り返している。

 

「…風邪でもひいたか?」

 

それに一人で喋っているのがなんだか不気味だ。

 

「…」

 

オレはしばらく、男の酷くゆっくりとしたペースに合わせて歩いた。

そのうちに壁に寄りかかって動かなくなったから顔を覗き込んでみると、白目をむいていて怖かった。

 

「俺らしくねぇッ」

 

そうかと思ったら突然カッと目を見開いて自分の顔を叩くと、そのまま走り出した。

急に動き出したり止まったりおかしなやつだ。

 

大きい男は勢いに任せて段差を駆け上がり、たくさんある扉の一つを開けて中に飛び込んだ。

オレも慌てて追いかけて、扉が閉まる前に滑り込んだ。

 

「だぁ!ついた!」

 

暗闇の中、男はわざとらしいくらい大きな声を出しながらパチパチと音をたて灯りをともし、ズンズンと部屋の奥へ進んでいく。

 

「ッ…」

 オレは今までのどの灯りよりも強く強引な光に目がくらみ、布を体に巻き付けてその場にうずくまった。

 

「これでどうだ?へへ…出れるもんなら出てみろよッ…」

 

オレは扉を抜けてすぐの陰のところからその様子を見ていた。

 

「んぉ?」

視線を感じてそちらを見ると、金色の奴がオレを見ていた。

これは知ってる、龍だ。

龍の置物だ。

 

 

 

『…美味しそうな唐揚げですね…ご覧くださいこんなに肉汁が…』

『実は隠し味に味噌を使ってるんです…』

 

突然、馬鹿みたいに大きな声で人間の話し声が聞こえたので、オレは驚いて耳を覆った。

 

『では材料をおさらいしましょう…』 

にぎやかな話声が聞こえてくるけれど、この声は偽物だということがオレにはわかる。

だって音が全然違う。

 

人間ののどから出る声っていうのはもっと、直接空気を震わせる。

だから、この中にいる人間はこいつ一人でまちがいない。

 

 

 

「やっと寝れるっ…」

 

 男は最後に絞り出すように言ったあと、倒れて力尽きた。

さっき様子がおかしかったし、もしかしたら死んだのかもしれないと思ったオレは、そろりそろりと部屋の中に足を進めた。

 

ぺた…ぺた… から…ころ…

 

「んー…?」 

オレがそーっと覗き込むと息はしている。

どうやら眠っているだけのようだ。

爆音でたれ流れてくる人の話し声はまるで気にならないらしい。

 

 

試しに体を揺さぶってみた。

 

「う~~ん…」

 

顔をしかめるだけで起きる様子はない。

それならば、とさっき蹴られた恨みを込めて今度は頭を叩いてみた。

 

「ていッ」

「んぁッ……ぐー…」

 

これもダメみたいだ。

それからも口の端を引っ張ってみたり、鼻の穴に指を突っ込んでみたけど、どうにもこうにもそいつが目を覚ます様子はなかった。

 

「むー…」

眠っているのだから、ここで見張っていれば逃げることはないだろう。

大きい男が倒れている場所を離れて、大勢の人間の声がする場所へ向かった。

  

 

偽物の声は、すぐ隣の部屋に置いてある板から聞こえていた。

 

「うわぁ…」

どんどん切り替わる音と景色を、オレはただただ眺めた。

偽物ではあるものの、その中には世界が広がっていた。

 

『…こちらの神社では年始から大きな賑わいをみせています。以上中継でした。今年はどんな一年になるのか、楽しみですね。では次のニュースです』

 

机の下に、柔らかい布が敷いてある。

壁の上のほうから、暖かい風が吹き下ろしてきて冷えた体を温めてくれた。

居心地がよくて、オレはそのまま布の上にへたりこんだ。

 

 

「…」 

『こちらはかわいらしい干支の親子をモチーフにした…』 

「こちら…かわいい…おやこ…」

 

オレにかまわず板の音と景色はどんどん動く。

オレはさっきの二人連れの人間のことを思い出した。

同時にあの時感じたほんの少しの孤独も。

 

『さむいですね~。こちらのお店では新年を祝う限定のお団子を…』

「さむいですね…こちらのおみせでは、しんねんをいわうげんていのおだんご…」

 

 ぐう…と腹がなる音がした。

 

『絵馬には何を書かれたんですか?』

『去年はさみしい一年だったので、今年こそは彼女をつくろうと思います!』

「…きょねんはさみしいいちねん…さみしい…」

 

ただひたすらに呆然と眺めているだけなのに、音が、声が、言葉がどんどんオレの中で形になってゆく。

もやもやするとか、不安だとか、寒いとか、痛いとか、怒ってるとか、さっきまでグルグルと体の中にとどめることしかできなかった気持ちだったり考えていたことだったり。

 

「おれ…おれは…」

そこから先の言葉はまだ見つけられなかった。

板は次から次に絵を変えながらいろいろなことをオレに教えてくれる。

うまく表現できる言葉をさがして、オレはひたすらに前を見続けた。

 

夜が明けるまで。

 

 

 

 

 

第二話 Re:子鬼塚の怪 了

 

 

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